水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「本当に言っていましたよ?」
「皇室に義弟《おとうと》ならいる。でも兄貴はいない。お前の聞き間違いじゃないのか」
「いいえ。絶対に『兄貴』とか『帰る』とか、『おんぶ』がどうとか言っていました」
「……なんだ、それ」

 碧は頭をがしがしと掻いた。自分の夢の内容を、必死に思い出そうとしているようだ。しかし、首を傾げるに留まった。

「昔の記憶が、一部戻りかけていたのかもしれないな……」
「……思い出したいですか?」
「当然だ。自分が自分じゃないみたいで、何者かも分からない。ずっと気持ち悪いままだからな」

 碧は盛大に溜め息をついて、ハンモックから降りた。風呂に入ってくるという。波音もそれに合わせて立ち上がると、碧に寝る前の挨拶をした。

「それじゃあ、私は先に寝ますね。明日は早起きして、家のこともお手伝いしますので。おやすみなさい」
「……ちょっと待て」
「はい?」

 碧に腕を掴まれ、引き留められた。「人を起こしておいて、自分は先に寝るのか」と嫌味でも言われるかと身構えていると、碧の口から出てきたのは、また意外な言葉だった。
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