水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「渚は、お前をここまで送ってきたのか?」
「え……はい。碧さんが眠っていたので、声は掛けずに帰っていきました」
「ふーん……。あいつ、昨日からお前のことをかなり気に入ってたけど。まさか、食事にまで誘うとは思ってなかった」
「ど、どういうことですか?」

 碧の言っている意味が分からない。渚は以前から恋の相談ができる女性の友達がほしくて、偶然、波音のことを気に入ってくれただけだ。

 この世界に来て間もない波音の不安を気遣ってくれるし、波音も彼を信頼している。もう友達だ。

「ああいう性格だが、あいつも男だからな? あんまり隙を見せていると食われるぞ」
「食わっ……渚さんはそんなことしません!」
「そういうのが油断だって言ってるんだ。昨日だって、自分の家でお前の面倒を見ようとしていただろ?」
「いいえ。それは単なる親切心です。だって、渚さんは……っ」

 渚は碧が好き。そう言いそうになって、波音は口を噤《つぐ》んだ。彼の想いを、波音が勝手に伝えてはいけない。

 碧はとっくに知っているだろうが、こういう大切なことは、当事者同士で話さなくてはならないものだ。

(いや……碧さん、もしかして、渚さんの気持ちに気付いてない?)

 渚の好意のアピールがあからさま過ぎて、碧はそれを冗談だと思っている可能性が出てきた。

 それにしても、碧は何に対してイライラしているのか。波音の腕を掴む碧の手に、より一層の力が入る。
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