水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「いたっ……」
「あ……悪い」

 腕の痛みに波音が顔を顰めると、碧は我に返ったようで、すぐ手を離した。自分のことは棚に上げて、渚を警戒しろだなんて、横暴にもほどがある。波音は碧を睨みつけた。

「もう、なんなんですか!? 碧さんだって、私に手を出したくせに!」
「……それはっ……ああ、くそっ! 悪いかよ!」

 直後、何が起こったのか、波音は分からなかった。碧との距離が急速に縮まったかと思いきや、波音の頬に、硬くて温かい碧の胸板が触れた。

 後頭部と背中を碧の手で押さえられているせいで、動きがとれない。碧に、抱きしめられているのだ。

「……えっ? あ、碧さん……?」
「お前を見てると、変な気持ちになる。懐かしいような、愛しいような気もするし、放っておけない。困らせてやろうって思ったり、笑って欲しいって思ったり。なんでそうなるのか分からなくて、イライラする」
「ちょっ……えっ!?」
「暴れるな。おとなしくしてろ」

 先程よりも強く抱きしめられ、頬に当たる碧の胸から、速すぎる鼓動が聞こえてくる。きっと波音の心臓もそうなっているが、それを気にしているところではなかった。

(碧さんって、好きな人がいるんじゃないの!?)

 碧はなぜ波音に構おうとするのか、当の本人もよく分かっていないようだ。本能的なものが働いているのか、それとも――。
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