水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
(まさか……ね? でも、もしかしたら、本当に……)

 これは、単なる想像に過ぎない。無茶苦茶な考えであることも重々承知の上で、波音はどうしても一つの仮説を立てずにはいられなかった。

 この深水碧が、あの『碧兄ちゃん』なのではないか。碧兄ちゃんの魂を、この世界で生きていた彼が、受け継いだのではないか、と。

 碧は無意識下で波音を覚えていて、昔のように世話を焼きたいが、『こっちの碧』の性格上、素直になれない。こう考えれば筋が通る。

 だが、目の前の碧にそれを説明したところで、受け入れてくれるとは限らないが。

「なあ」
「……はい」
「もう一回、キスしていいか?」
「は、はあっ!? なんでそうなるんですか!?」

 言われたとおり、波音は黙っておとなしくしていた。それをいいことに、碧はとんでもない提案を口にした。

(い、意味が分からない……!)

 波音が碧から離れようと暴れると、ぐっと顎を掴まれ、上を向かされてしまった。澄んだ海のように美しい瞳が、波音を切なげに見下ろしている。

「キスしたら……何か、思い出せそうな気がする」
「わ、私は関係ないです! 離してください!」
「そんなに嫌かよ。元の世界の碧とやらに、操《みさお》を立ててるのか?」
「っ……」
「頼む。一回だけだ」

 額と瞼《まぶた》に懇願するようなキスを落とされ、頬を撫でられる。背中にぞくりと電流が走り、波音は顔を真っ赤にした。
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