水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
 碧は裏方に欠員が出たと言っていたが、舞台装置の運搬係、衣装・メイク係、音響係、照明係などなど、どこに行っても人手は足りていると断られた。

 結局のところ、波音にできるのは雑用をこなすことだけだ。残る大きな仕事は、終演後、観客が滞りなく帰れるように誘導するくらいだろうか。

(これでいいのかな……)

 もっと、他にできることはないのか。波音は、男性のように力仕事をこなせるわけでもなく、ヘアメイクの技術や知識を持っているわけでもない。

 音響や照明は、事前の綿密な打ち合わせの上で動いており、舞台のことを十分に理解している必要がある。

 波音の取り柄といえば、身体が頑丈で、泳ぎとダンスが得意だということくらいだ。だがそれを活かせる場は、ここにはない。

(……贅沢言ってちゃだめだよね。仕事をもらえただけ、幸せなんだから)

 滉に文句を言われる前に、波音は舞台袖へと戻った。しばらく伝達や小道具を運ぶ仕事を手伝っていると、公演は中盤へとさしかかる。いよいよ、ピエロの出番だ。

 ステージの中央がスポットライトで照らされ、そこにプレゼントを模した大きな箱が置かれている。爆発音と共に蓋が開いて、団長である碧が飛び出るように登場、そして着地した。

 それだけで、会場には笑いが巻き起こる。緊張感のあるステージばかりが続き、疲弊している観客のため、こうして心を解してあげるのが碧の役目だ。
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