水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
(これが、プロだ。本物だ……)

 観客が笑う中、波音は反対に涙を堪えていた。そこには、尊敬の念と同時に、一種の悔しさが含まれている。肩の故障が続いたことを理由に、水泳選手になる夢を諦めた自分への失望。

 碧は、記憶を無くしてからの十年間、自分のすべきことを見つけ、必死に藻掻いてきたのだ。

 コミカルな音楽に合わせてダンスをしながら、碧は観客席へと降りていった。老若男女、誰もが自分を選んでほしそうに、手を挙げている。観客とのコミュニケーションの時間だ。

「本当に、幸せのピエロなんだ……」
「あら、波音。泣いてるの?」
「あっ、渚さん」

 救護係の腕章をつけ、白衣を羽織った渚が波音の背後にやって来ていた。波音は慌てて自分の涙を拭う。

「なんか、感動しちゃって……」
「碧のピエロで泣いてる人、初めて見たわ。でも、分かるかも。他の演目ほど華美ではないし、面白おかしい感じに見えるけど、すごく安心できるのよね」
「……はい」

 碧は観客席で選んできた五人の少年少女たちと一緒に、ステージ上でパントマイムを始めた。

 言葉を介さなくても、どうやったらいいのか子どもたちは理解できるようで、碧の動きを真似しながら楽しそうに笑っている。

「いいなあ。私も、誰かをこうして幸せにしたいです」
「……できるわよ。波音なら」
「そうですか?」
「碧だって、ここまでくるのに十年かかったんだから。できることを見つけるのに、そんなに焦るものでもないのよ」
「……はい。ありがとうございます」

 渚に背中を優しく叩かれ、波音は笑った。会場では未だに碧が観客を笑わせている。その姿に、波音の中で、何かが新しく生まれ変わっていく予感がした。
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