水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
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 三日連続の公演は、予定通り、問題なく進むはずだった。団員たちは念入りな準備と稽古、一日二回のミーティングをこなして、三日目に挑んでいる。

 波音も、少しずつではあるが一日の流れが分かってきて、滉に指示を仰ぎながら、手伝いに奔走していた。

 今日も客席は満員だ。滉たちが出演を終えて戻ってきた後は、綱渡りのステージが始まる。担当の団員は、波音とも年齢の近そうな女性団員。顔こそ覚えたが、まだ彼女の名前は知らない。

 事件は、そこで起きた。

 彼女は、いつも通り何も持っていない状態で軽々と綱を渡りきり、次は傘を持って、踊っているかのように同じ綱を戻ってくる。

 綱の上をジャンプしたり、わざと落ちそうな演技をしたりする彼女を見て、誰もが手に汗を握った。

 その不安が的中した。彼女は、本当にジャンプの着地に失敗して、足を滑らせて落下してしまったのだ。観客席から悲鳴が上がった。

 下に控えていた裏方たちが、反射的にステージ上へと駆けたが、それでも彼女を十分に受け止めるのには間に合わず、三人を下敷きにしたまま、彼女は動かなくなってしまった。

「紫《ゆかり》!」

 波音の隣にいた渚がそう叫んで、彼女の元へと走り出した。突如、照明が落とされ、観客が騒ぎ始める。波音は呆然とし、震えたまま突っ立っていた。

(うそ……)

 紫と呼ばれた女性は、暗闇の中、担架に乗せられて医務室に運ばれて行った。渚が診てくれるとはいえ、打ち所が悪かったら、助からないかもしれない。

 あれだけ、怪我や事故を危惧していた碧や団員たちにとっては、最悪の事態になってしまった。
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