水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「会場へお越しのお客様に、お伝えいたします。ただいま――」

 碧の声でアナウンスが始まり、事故についての謝罪と、状況確認のために休憩時間を挟ませてほしいとの旨が伝えられた。舞台袖がバタバタと騒がしくなってくる。

「おい、この後のトランポリンはどうする?」
「事故の後だからな。危険な技は控えた方がいいんじゃないか?」
「観客の不安を煽るよりかは、な……。でも、団長がなんて言うか……」
「今までずっと無事故だったのに、どうしてこんな……。紫、助かるよな?」

 混乱状態なのは、観客だけではない。団員たちですら、頭を抱え始めた。波音もおろおろとするばかりで、何もできない。それが悔しい。

「静かにしろ! 団長がせっかく時間を作ってくださったんだ。落ち着いて、指示を待て!」

 まさに鶴の一声。副団長である滉がそう言うと、出演を控えていた周囲の団員たちは皆、黙って彼に従った。数秒後、放送を終えた碧が、ピエロの格好のままやってくる。

「紫は渚に診てもらっている。頭を打って気絶しているが、今のところ、命に関わるような状態ではないそうだ。街の方の病に搬送して、精密検査を受けてもらう」

 その言葉に、誰もが安堵の息をついた。だが、問題はこれで終わりではない。

「……それでも、観客に事故現場を見せてしまったのは、取り返しがつかない。怖がって、泣いている子どももいる。今日は、この後のピエロの演目で終演にするつもりだ。チケットは払い戻し対応をするから、悪いがそれは皆で手分けしてやってほしい」

 碧は皆に頭を下げた。誰も彼の指示に反論しない。ただ静かに「はい」と返事をした。

 万が一の事故に備えて対策をとっていなかったこと。それも、長年無事故が続いてきたからこその慢心だったと、碧は再び詫びた。
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