覚悟はいいですか

紫織の家を出てカラカラと門扉を閉めると、ひとつ息を吐く

「また、しばらく会えないのか…」
つい独り言をこぼしてしまう

たった今別れたばかりなのに、
もう寂しくやるせなくなる自分にほとほと呆れた時、

「!」
途端に殺気を感じ、体に緊張が走る

誰だ?

紫織が心配になり戻ろうかと思ったが、
この殺気は俺に向けられている

それなら早く離れた方がいい

気配を確認して、人気の無い方へと歩き出した

辺りに人影が見えない空き地で立ち止まり、気を研ぎ澄ます

ーーーいる、1人、2人、いや5人か
「誰だ!!」と誰何するが返事はない

と、背後と左右の暗闇から風を切って光るものが放たれた

その場で素早く後ろを振り向きざま、手に持ったジャケットを一閃し、飛んできたナイフを絡めとるように巻き込んでからジャケットごと落とす

顔を上げようとすると、スッと首筋にヒヤリとした固いものが当てられ、
咄嗟に振り向こうとする体を全力で押しとどめる

「動くな」

ドスの効いた低い声が耳のすぐ後ろから聞こえると、周りの植え込みや建物の陰から人影が4つ吐き出される
暗くて定かでないが、どいつも手に光る得物を持っている

「怪我したくなけりゃ大人しくしておけ」
背後の男が言う

「何が望みだ?
身代金目当ての誘拐か?」
笑い含みに返すと、後ろの男が苛立つ

「チッ!一般人のくせに怖くねえのか。
俺たちはお前が誰かなんて関係ねえ。
ただ伝言を頼まれただけだ」

「ほう…誰に?」

「易々と教えると思うか?
いいか、よく聞け。
『山口紫織に近づくな。言う通りにしないと痛い目をみることになる』
以上だ、わかったな?」

紫織に近づくな、だと!?

「いやだと言ったら?」

「っ!体で分からせてやる!!」
言うと同時に男の殺気が増し、ナイフを持つ右手に力がこもる
俺は素早く両手で男の腕を掴み、片膝をついてから反動をつけて腰を跳ね上げる
高速の背負い投げのようにして地面に叩きつけた
男は背中を強打して呼吸ができず、あえぎもがくことしかできなくなった

ゆっくり立ち上がりながら残心をとると

「こ、この野郎!」
と右側の男がナイフを突き出すようにして突進してくる
ナイフが触れる寸前、上半身を捻って腕を肘打ちし、軌道をそらす。そのまま前足を軸に勢いをつけて回転し、遠心力を乗せて相手の胸に肘打ち、こめかみを拳で撃てば、
ナイフを突き出した格好のまま、顔面からスライディングするように倒れた

2人目が地面につく前に後ろから羽交い絞めにされ、前からもナイフを振りかぶったやつが襲い掛かる
ーーフ、挟み撃ちか?だが遅い!
軽くかがんでから後ろに飛び、前からくる奴の顎を蹴り上げ、間を開けず左肘で後ろの男の脇腹をつき、右腕を掴んで上体が倒れたところに腹を打ち抜くように蹴りをかます

ーーあと1人は…
なんだ、腰を抜かしてやがる
こいつに吐かせるかと思い立ち、最後の一人に向かって一歩踏み出すと、
「ひ、ひえええええええ~」
情けない声を上げて逃げ出した。
後には4人の男たちがうめき声をあげながら、動けないでいる

すると…
足音もなく近くの植え込みから影がひとつ
俺はそちらを見ずに「追え」と低く言い放つ
影は闇に融けるようにその姿を消したーーー

俺はジャケットを拾い上げ、ほこりを払ってから踵を返す
駐車場で愛車に乗り込み、自宅を目指した

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