覚悟はいいですか

「お茶でも飲んでく?」

俺がこんなやきもきしてるのに……
だから無防備すぎるだろ!自分を好きだと言う男を、こんな夜遅く独り暮らしの家に誘うなんて…

いや、もしかしてすっかり友人と位置付けられてしまったのか?!

焦った俺は、上がり框に立つ紫織の背を抱き寄せる

「関係は友人でも、俺は紫織が好きだよ。
だから隙があれば攻めるからね」

耳元で囁くと真っ赤に染まり、それだけで俺の欲望に火をつける
だけど彼女は
「せ、誓約書、破ったらもう会わない」
なんてつれないことを言う

俺だっていつまでも友達でなんかいられない
しばらく会えなくなる、その間に忘れられたくないんだ

だから俺はキスをねだった
紫織はこれ以上ないくらい真っ赤になる

「な、なんで!?」

好きだからに決まってるだろ

「これから俺も忙しいけど、紫織に早く会いたいからけっこう無茶するかも…」

「えっ!ダメだよ、
無茶したらまた倒れちゃうよ」

もう昔ほど柔じゃないよ

「うん。だけど今キスしたら、会いたい気持ちを少しは我慢できると思って」

そんなこと絶対ないけど

「…ホントに?」

ウソだよ

「ホントに。無理しないって約束する。
だから紫織からキスして。
そしたら誓約書に違反しないから」

こんな俺を腹黒と言うやつがいるだろう、
でもかまうものか
恥ずかしそうに潤んだ瞳で見上げる彼女を目の前にしても
押し倒さず我慢してる俺をむしろ褒めて欲しいくらいだ

「紫織?」
呼び掛けて促すと

「眼、閉じて」
と、消え入りそうな声で言う

言う通りに目を閉じて、
胸に甘く疼くほの暗い欲望はしっかりと隠したまま、獲物が罠にかかる瞬間を待つ

吐息が唇にかかり、柔らかなものが圧し当てられて、すぐ離れようとするーーー
一瞬に喰らいついた

もう逃がさない

後頭部と背中をしっかりホールドして唇に吸い付き、
苦しそうに開いた口中へ舌をねじ込んで、
思う存分蹂躙し、彼女に俺を刻みつける

何度も角度を替えながら甘い口づけを重ねると
抗議に胸を叩いていた手が、
やがてワイシャツを握りしめる

零れる唾液をすすり、喘ぐ声ごと飲み込むと、
力の抜けた体が俺に寄りかかってきた

このまま紫織の体と心のもっと深い処まで俺を刻みつけたいが、
紫織の心が完全に開くまで待つべきだろう……

最後にこれはキスだと念押しするように、盛大な音をたててから唇を離した

潤んだ瞳で見上げる彼女が瞬き、焦点が合わさると、

「あっ」
と小さく漏らし勢いをつけて下を向く
長い髪が動きに合わせてさらりと肩から流れ落ち、露になった項が赤く染まっていた

理性の壁が崩れそうになった時、

「約束、守ってね?」
と消え入りそうな声がして、我にかえる

ああ、なんて可愛いんだ!

男の下心をホントに分かってない様子に、嬉しさと同時に後ろめたさを覚え、胸がチクリとなった

焦るな!俺
彼女の身も心も手に入れたいなら、紫織の心も大切にしなければダメだ

「ありがとう。絶対守るから」

約束も君のことも

少しかがんで顔を覗きこみ、まだ赤い頬を手の甲でそっと撫でる
ハッとして上げた瞳に視線を合わせて、愛しさを隠さず微笑んでみせた

俺を信じてほしいと身勝手な願いを込めて

頬にかかる髪を耳の後ろにかけ、そのまま頭に手を伸して髪をすきながら

「おやすみ」
と告げると、

「おやすみなさい」
とかすれ声で返してくれた

視線を逸らさずにひと束指に絡めた髪にも口づける
恥ずかしそうに再び俯く彼女を名残惜しく見つめて、

「また連絡する」
と告げ、家を出た

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