冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 フィラーナが「あ……」と小さな驚きの声を上げたのは、すでにウォルフレッドの腕に包まれたあとだった。意味がわからず、もがいてみたが、鍛えられた逞しい身体はフィラーナごときの抵抗ではびくともしない。

「あの、殿下……」

「……俺のいない間、お前が俺を許せず帰郷していたとしても、むしろそれで良かったのだと、納得する心づもりでいた。それなのに、帰った時にお前がいなかったらと思うと、何とも言えない気持ちだった。……お前との面会を望まなかったのは、顔を見てしまうと、これまでの信念が揺らぎそうだったからだ」

 消え入るような声がフィラーナの耳に届く。

いつもの尊大で口の悪いウォルフレッドの印象からはかけ離れた声色に、フィラーナは戸惑いを隠しきれず、抵抗することも忘れてしまった。

 感じるのは上昇していく自分の体温と、早鐘を打ち始める鼓動。自分でもどうしていいかわからず、そのままじっといていると、ウォルフレッドが少し体を離し、フィラーナの顎に指をかけ、そっと上向かせた。

 水色の瞳から注がれる視線が、まっすぐにフィラーナを捉えて離さない。氷のように冷たい色なのに、その瞳の奥に宿る熱を垣間見た瞬間、フィラーナは身体の芯が疼くような感覚に陥った。

 ウォルフレッドの端正な顔がゆっくり近づいてくる。フィラーナは抗うことができず、ぎゅっと瞳を閉じた。

 --だが。しばらく経っても何も起こらない。やがて身体が解放されたことを感じ、フィラーナは恐る恐る瞼を持ち上げると、ウォルフレッドがソファから立ち上がるところだった。

「喉が渇いた。ここには水しかないが、取ってくる」

「あ、でしたら私が……」

「いい。お前はしばらく休んでいろ」

 顔も見ずに告げると、ウォルフレッドは続きの部屋へ入っていった。

 ひとりソファに座ったままのフィラーナは、恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆う。

(嫌だわ、私、何か期待してたみたいで……)

 だが、身体を包まれた温もりは、確かに優しい感覚として残っている。

 フィラーナは人知れず、フッと柔らかい笑みをこぼした。
 
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