冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
数日後。
朝食を終えたフィラーナはルイーズを伴って、離宮と城を繋ぐあの森に足を踏み入れていた。
目的は、以前に交わしたルイーズとの約束。今日は朝から晴天に恵まれ風も穏やかで、こんな絶好の写生日和には必ずセオドールもここを訪れる、と確信にも似た勘が働いたからだ。
フィラーナは若草色、ルイーズは青緑、といったふうに目立ちにくく、かつ周囲になじみやすい色のドレスに身を包み、辺りを見回しながら歩を進める。
「本当に静かな場所なのね。とても落ち着くわ」
ルイーズが感慨深げに呟けば、にっこりとフィラーナが笑顔で応える。
「この前は確かこの辺で……あ、あれはもしかして」
しばらく進むとフィラーナの視線の先に、少年らしき背中が見えた。しきりに木の枝を見上げては、俯いて腕を動かすことを繰り返している。木漏れ日に照らされた艶やかな金髪が、時折サラサラと緩やかな風になびいている。
「間違いないわ、セオドール殿下よ。私の勘が当たったわ」
「本当? じゃあ、近づいてみましょう」
「何言ってるの、ルイーズ。ここからはあなたひとりで行かなきゃ」
「えっ……⁉」
絶句するルイーズの背を、フィラーナは微笑みながら優しく押す。
「だって、ふたりで出向いたら、何事かと殿下に驚かれてしまうわ」
「でも……私のことなんて覚えていらっしゃらないかも……」
ルイーズは困惑したように眉尻を下げたが、フィラーナは勇気づけるように強く頷く。
「それだったら、きっかけ作りとして昔話から始めてもいいじゃない。殿下も思い出してくださって、話が弾むかもしれないわ」
少しの間、黙っていたルイーズだったが、やがて意を決したように両手を胸の前でしっかりと組み合わせた。
「そうね。フィラーナに案内してもらってここまで来たんだもの。頑張ってみるわ。でも、お邪魔にならないタイミングは私に任せてもらえるかしら?」
「ええ、もちろんよ。それじゃあ、私は少し離れておくわね」
フィラーナは笑顔で友人に手を振ると、その場をあとにした。