冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 来た道をゆっくりと引き返す。立ち止まって振り向くと、ルイーズの姿はすでに消えていた。

 憧れの人に少しずつ近づいていこうとする彼女の勇気をたたえながら、フィラーナは自分もいつか、ウォルフレッドと並んでこの森を散策して穏やかな時間を過ごしたいと思った。

 数日前、変装してウォルフレッドに会いに行った時のことは記憶に新しい。飲み水を取りに部屋を出て、しばらくして戻ってきた彼は水の入ったグラスをフィラーナに手渡したあと、こう言った。

『俺が妃を迎えないと言っている理由を、いつかお前に話す。こんな俺でも、もしお前がーー』

 その時、扉のノック音が聞こえ、ウォルフレッドは言葉を断ち切ってしまった。現れたのはユアンで、そろそろ時間だという。ウォルフレッドの次の予定を思慮し、フィラーナはそのまま案内係によって離宮に戻ったのだった。

 最後まで聞けず仕舞いだったが、ウォルフレッドは何を伝えたかったのだろう。

 そして、彼の抱えている思いとは、一体何なのかーー。

 

 物思いにふけながら、草を踏みしめて進んでいた時だった。

「ごきげんよう、フィラーナさん」

 すぐ近くで、自分に向けられた若い女性の声を聞いた。

「ええ、ごきげんよう」

 ぼんやりとしていたフィラーナは生返事をしたまま歩みを止めない。すると、その声の主が少し苛立ちを露わにして、フィラーナの行く手を阻んだ。

「ちょっと! そのまま行こうとするなんて失礼じゃなくて?」

「……ああ、ミラベルさん」

 スッと目の前に現れた人物に驚いて、フィラーナは立ち止まると思わず目を丸くした。いつの間にか離宮の庭付近まで戻ってきていて、貯水池と納屋のようなあの木の小屋がすぐそばにある。

 かつて異物で嫌がらせをしてきた苦手な相手に、フィラーナはぎこちない微笑みを浮かべた。

「ええと、いつからいらしたの? 気づかなくてごめんなさい、私、それどころじゃなくて……。こんな場所で会うとは思わなかったわ」

フィラーナの発言を『ああら、あなたなんか眼中にないわよ』という解釈で取ったのかはわからないが、自分の存在を無視されかけたミラベルが己の自尊心を傷つけられたのは確かなようだ。美しいが気の強そうな吊り気味の目が、強い光を放つ。
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