冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「何だ」

 動きを止められた黒髪の男は、ジロリ、とバートに鋭い視線を放つ。

「あんたが偉い人なのは分かった。でもフィラーナとはどういう関係なんだ?」

「お前には関係ない」

「関係ないことはない。……もし、彼女があんたの所から逃げてきたんだったら、俺は見過ごすことはできない。彼女は美人だし、手放せないのはわかるけど。もし、酷いことをしてたんだったら……」

 バートの発言に、黒髪の男の眉がピクリ、と動く。

「逃げてきた……? 酷いこととは?」

 そして、その凍りそうな視線は次にフィラーナへと向けられた。フィラーナは思わず身体を硬直させる。

(もう、バート、誤解しすぎよ!)

 これ以上、ふたりの会話を放っておくと、とんでもない方向に進んでしまう。フィラーナは慌ててバートの方に向き直った。

「違うのよ、私は逃げてきたんじゃないの。この人は、私が今お世話になっている所の一番上の方で、バートが思ってるような危険な人じゃないのよ。詳しくは言えないんだけど、その場所から結果的に外に出されてしまっただけなの。だから私、彼に会えて今すごくホッとしてるわ」

 フィラーナは明るい笑顔を向けた。それはバートが見た中で一番の輝きに溢れていて、彼女が心から安心していることが伝わってくる。バートはしばらく黙っていたが、納得したような安堵の表情を浮かべた。

「そうか……。フィラーナはこの人の所に帰りたかったんだな。会えて良かったな」

「ええ。バートにはいろいろお世話になったわ。ありがとう。あ、これ、返さなきゃ」

 フィラーナはスカーフのように頭を覆っていた布を取り外した。ふわりと風に広がる蜂蜜色の豊かな髪が、太陽の光を受けて美しく艶めいている。バートは心奪われたように見とれていたが、ハッと我に返り布を受け取ると、「弟を迎えにいくよ」と笑顔で手を振って去って行った。

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