冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「行くぞ」

 暫しの間バートの後ろ姿を見送っていたフィラーナの手を取り、再び黒髪の男が歩き出す。

「あの……殿下ですよね? 髪の色はどうなっているんですか? ……え、そんな、まさか、魔法で……」

「そんなこと、あるわけないだろう」

 フィラーナが独自で導き出した答えに半ば呆れつつも、黒髪の男は歩みを止めない。

 そのまま闘技場裏にある厩に向かい、厩番が引いてきた馬にフィラーナを乗せると、男は彼女の背後から腕を回して手綱を握った。

 どこに向かうのかはわからないが、最も信頼できる男の温もりを背に感じながら、フィラーナは幸せに似たような安心感に包まれていた。


 


 フィラーナが連れて来られたのは、中央通り寄りのとある宿屋だった。規模はそれほど大きくないが清潔で、人も少ないせいか自然とくつろぎやすい雰囲気を漂わせている。

 案内された居間のような一室で、黒髪の男は深緑の上衣を脱ぎシャツ姿になると、少し伸びをしてソファに腰かけた。ドア付近で突っ立ってるフィラーナに隣りに座るよう促す。

「あの、殿下、いろいろお聞きしたいことが……」

「奇遇だな。俺も今、同じ質問をしようとしていたところだ」

 黒髪の男ーーウォルフレッドの視線が突き刺さるように痛い。勝手に城を出たことを咎めている眼差しだ。

「聞き出す前に、お前の疑問を先に晴らしてやるか」

 小さく息をつくと、ウォルフレッドは自分の頭部に手を添えた。何ヵ所か押すような仕草を繰り返す。

「触ってみろ」

 よく理解出来ないが、フィラーナは言われた通りおずおずと黒髪に手を伸ばす。すると、表面を撫でるように触れた瞬間、その髪がごっそりと抜け落ちたのだ。

「きゃああああ!!」
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