冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 甲高い悲鳴が部屋中に響く。

 しかし、ウォルフレッドの肩に落ちた毛束から彼の顔へと視線を移した時、驚愕の形に開かれていたフィラーナの口は、今度は何とも間抜けなポカンとした動きに変わっていた。

 ウォルフレッドの白銀の髪が“ちゃんと”あるべき所にあったからだ。

「俺の毛が抜けたとでも思ったか。虫やヘビでは動じなかった女が、これくらいで驚くとは意外だったな」

 楽しげな声がフィラーナの耳に届く。普段、無表情か仏頂面ばかりのウォルフレッドが初めて見せるいたずらっ子のような笑みに、フィラーナは心を鷲掴みされたまま視線を逸らすことができなかった。

 フィラーナが驚きすぎて声も出せなくなったのかと勘違いしたウォルフレッドは、安心させるように彼女の手を取ると、その毛束を掌に載せてきた。 
 
 その感触にハッと我に返ったフィラーナが、手中のものを再確認すると、その内側に何か所か留め金のような金属が見える。

「……カツラ……私、初めて見ました」

 かつて王侯貴族が宮中の式典に出席する際に使用していたという、もっと大仰なカツラの類は資料などで見たことがあるが、このように実用的なものは初めて目にする。

(さすが王族……きっと特注ね)

 少し長いとは感じていたが、白銀の髪をしっかり覆うためには必要な長さだったのだ。そして、時折身分を偽って城外に出る際に、使用しているのだろう。

「世の情勢を実際にこの目で確かめたい時も、俺が王太子だと分かれば皆、取り繕って真実を見せないだろうからな」

 あの時、咄嗟にフィラーナの口を手で塞いだのも、皆の前で自分の正体が明かされるのを防ぐためだった。そして、エイブラムの言っていた、孤児院を訪ねてくる王太子の代理人も、実はウォルフレッド本人だったのだと、フィラーナはようやく気づいた。
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