冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 仕方なく、ウォルフレッドが手前で歩みを止める。

「グラン卿。息災にお過ごしか」

 気遣うような言葉とは正反対に、ウォルフレッドの声は氷のように冷え切っている。

 グランというのがこの年配者の名前なのだろう、彼は顔を上げると穏やかに微笑んだ。

「王太子殿下から、そのようなお声掛けをいただけるとは、光栄の極みでございます。今日は陛下のご尊顔を拝しに参った次第にございます」

「見舞いか。陛下もさぞ喜ばれたであろう。私からも礼を言うぞ」

「重ね重ねありがたきお言葉、恐悦至極にございます。……その方がもしや噂の……」

 グランは横に視線を移す。フィラーナはドレスをつまんでお辞儀をしたが、グランの細い目の奥に一瞬鋭いものを感じ、思わずウォルフレッドの手をぎゅっと握った。

「殿下の婚約者候補の方でいらっしゃいますな。なるほど、これはお美しく気品に溢れたお方だ。殿下のお心を開かれた女性は、初めてでいらっしゃいますな」

「まだそうとは決まってはいない。先を急ぐので、失礼させてもらう」

 グランはスススと廊下の端に寄った。ウォルフレッドはフィラーナの腰に手を回し、まるで守るようにして足早にその場を去る。

 しばらく無言で歩いていたが、次の角に差し掛かった時、ウォルフレッドが口を開いた。

「お前はずっと離宮にいたから会うのは初めてだったな。あの男は亡き王妃の伯父で、元宰相のグランだ。テレンス派の中枢だと言っても差し支えない。昔のよしみで、時折、父を見舞っている」

 フィラーナの顔が青ざめていく。つまり、幼いウォルフレッドに毒を盛ることを画策した人物のひとりだ。先ほどのウォルフレッドの態度も頷ける。
< 178 / 211 >

この作品をシェア

pagetop