冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「フィラーナ!」

 ルイーズがフィラーナの身体に抱きついてきたのだ。

「ルイーズ、無事なのね⁉ ああ、良かった!」

 フィラーナも抱きしめ返したかったが、背後で手を縛られているので笑顔で応えるのが精一杯だった。

「ごめんなさい、フィラーナ、私の不注意であなたを巻き込んでしまって……ああっ!」

 眉根を寄せてフィラーナの顔を覗き込んでいたルイーズの顔が、次の瞬間、苦痛の表情へと変わる。

 いつの間にかルイーズの背後に男が立っていて、彼女の頭頂部の髪を掴み、無理やり立たせたのだ。

「ちょっと、いきなり何するのよ! ルイーズを離して!」

 フィラーナは咄嗟に男を睨みつける。その声に反応するように、男はギョロリと目を動かしてフィラーナを見おろした。黒い布で口元を覆ったその男の姿に、フィラーナの身体が強張る。間違いない、城の一室でフィラーナを背後から襲った男と同一人物だ。

 男は乱暴に手を離すと、ろよめいて床に膝と手をつくルイーズに視線を動かした。

「今さら善人ぶるのはよせ、男爵家のお嬢さん。あんたのせいで、オトモダチはこんな目に遭ったんだ。裏切って誰かに話さないかと懸念した“あの方”の命令で、あんたを見張ってて正解だったぜ」

 ルイーズは俯いたまま何も答えない。だが、彼女が何かに巻き込まれているのは確かだ。

 フィラーナが何か言葉を発しようとした時、続き部屋の扉が開き、コツコツと床に靴音を響かせてこちらに誰かが近づいてくる気配を感じた。

「よさないか。未来の王妃様に向かって手荒な真似をするでない」

 少ししわがれた男性の声が部屋に響き、その場にいた男たちが一斉に頭を垂れる。

 フィラーナはハッとして顔を上げ、思わず息を呑んだ。

 目の前に現れたのは、一度だけ王城で遭遇したやや猫背の年配の男性ーー元宰相のグランだった。
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