冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない


 そして、いよいよ結婚式当日の前夜。

 さすがのフィラーナも緊張して、なかなか眠れず鎮静効果のあるハーブティーを飲んでみたが、あまり効果が得られない。ソファから立ち上がると、ガラス扉を開けてバルコニーの中央に立ち、外の空気を胸いっぱいに吸い込んでみた。頭上には満天の星が無数の煌めきを放っている。


「まだ起きていたか」

 甘く心地よい声が、背後からフィラーナの鼓膜を揺らした。

 驚いて振り向けば、ガラス扉付近にウォルフレッドが立っている。

「遅くにすまない。急にお前の顔が見たくなって、部屋に入った」

「いいのよ。私も眠れなくて、星を眺めてたの」

「明日は大事な日だ。体調を崩すなよ」

 ウォルフレッドは後ろから、ふわりとフィラーナの身体を包み込む。フィラーナも嬉しそうに微笑むと、前に回された逞しい腕を優しく抱きしめた。

「親族とは、ゆっくり話せたか?」

「ええ。懐かしい話もたくさんしたわ」

 ウォルフレッドが言っているのは、明日の結婚式に参列するために、今日の昼間、故郷から王城に到着したエヴェレット侯爵と兄のハウエル、伯母のバートリー伯爵夫人のことである。怪我の後遺症で長旅は絶対に無理だと思っていたハウエルの元気な姿を見て、フィラーナは涙を流した。そんな妹を兄も優しく抱きしめ、『お前の幸せが僕の生きる希望だ。これからは自分の幸せを一番に考えるんだよ』と言葉を掛けたものだから、フィラーナは子供のように泣きじゃくった。

「王都へ出発する前日も、こんな晴れた星空が広がっていたわ」

 フィラーナが頭上へと顔を向ける。

「あの時は、私がまさか氷のように冷淡な王太子のお妃に選ばれるなんて、ちっとも思ってなかったけど、運命って不思議ね」

「そうだな……俺もまさか、港町で出会った跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘を妃に迎えるとは、想像もしていなかった」

「あら、酷い」

「先に言ったのはお前だ」

 フィラーナがおどけて言ったのに対し、ウォルフレッドも負けじと言い返す。そして、互いに笑い合う。

 
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