冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 男女の恋の駆け引きに興味のないフィラーナでも、さすがに知ってる。『以前にどこかでお会いしましたか』といったセリフは、異性の気を少しでも引こうとする常套句であることを。

 もちろん、ウォルフレッドの発言の主旨はそれとは全く異なるものであると理解しているが、ここはそれを逆手に取って、“少し浮かれ気味の勘違い女”に徹することにした。妃はいらない、と明言する彼のことだから、こういう女には辟易するはずだ。

「殿下のおっしゃっている方は私です、と即答するだけなら容易いことです。それで、少しでも殿下のお心に私の存在を置いていただけるなら」

「さっきから何の話をしている?」

 こちらが意図することに気づいたのか、ウォルフレッドはやや苛立ったような口調だ。それでも構わずフィラーナは続けた。失礼にあたらないよう、行けるところまで突っ走らねば。

「ですが、安易に成り済ますような浅ましい女にはなれません。どうかお許しのほどをーー」

「お前、いい加減に……っ!」

 ウォルフレッドが勢いよく立ち上がったので、思わずフィラーナも顔を上げ、彼に視線を向けた。

 怒っているのがわかるほど、眉間にしわが寄っている。だが、その瞳には困惑と寂しさが混ざり合っているように見えた。

「……どうやらお前という女をわかっていなかったようだ。小娘でもやはり女か。男の心につけ入る術をすでに知っているとはな」

 容赦ない冷たい言葉がフィラーナに降り注ぐ。

「どうやらお前は俺の示している女ではないようだ。帰郷したければいつでも出ていくがいい」

 ウォルフレッドは視線をそらしながら再び腰を下ろした。そのまま窓の外に目を向けて、フィラーナを見ようともしない。なぜだがその整った横顔が少し憂いを帯びているように思えて、フィラーナはやや当惑してしまった。

「もう下がれ」

 ウォルフレッドはそのまま押し黙ってしまった。

 フィラーナは静かに立ち上がると、来た時と同じように膝を折り、深く頭を下げて無言で部屋を出た。
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