冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「へぇ、あのカタブツの……。それは気の毒に。あの男に邪険されて、さぞや寂しい日々を送っているのでしょう」

 テレンスが高圧的な態度から急に優しい口調に変わったことに驚いて、フィラーナは顔を上げた。人を魅了するという噂通りの優美な微笑みをたたえ、興味深そうに自分を見つめているテレンスと目が合う。

 しかし、その発言の内容から、兄弟といえどもウォルフレッドとテレンスの間には、深い溝があることを感じずにはいられない。

 テレンスは一歩踏み出して、さりげなく距離を詰めてくる。その瞳には、これまでの恋愛経験で培われた自信が滲み出ていて、フィラーナは何となく嫌な予感がした。

「社交界では見ない顔ですね。このまま枯れさせてしまうには惜しい美しさだ。私なら、君の心に潤いを与えてさしあげるのに」

 そう言って、おもむろにフィラーナの頬に手を伸ばしてきた。

 だが、フィラーナがそう易々と男に肌を触らせるわけがなく、反射的に身体を後ろに引く。

 テレンスは拍子抜けしたように一瞬真顔になったが、すぐに笑顔を取り戻した。

「そうきましたか。恥じらう姿も実に可愛らしい。名前をお聞かせ願いませんか?」

「いえ、しがない貴族の出ですので、名乗るほどでもございません」

「身元が判明すると、のちのち面倒なことになるのを気にしているのですね。確かに妃候補が他の男と会っていた、などど世間に知れたら大変だ。でも、あの男はそんなこと少しも気にしませんよ。自分のために集まった女性がどこで何をしようと、全く興味がありませんから」

「そういうことではなく……。とにかく、もう部屋に戻ります」

「ああ、焦らされるのもたまには悪くない」

(女なら誰でも自分になびくとでも思ってるの……!?)

 話が噛み合わない人物と遭遇してしまい、フィラーナは身分の壁というものを嫌というほど痛感した。ただ顔をひきつらせながら、そろそろと後退することしか出来ない自分がもどかしい。

 セオドールの姿はいつの間にか消えていたが、薄情だとは思わなかった。むしろ、これで良かった。自信過剰な大人が女を無理やり口説き落とそうとする場に、あの天使のような少年を居合わせたくない。あとは失礼のないように、自然にここを立ち去ろう。

 そう思った矢先、テレンスがフィラーナの腕に手を伸ばしてきた。その時、慌ただしい靴音が背後から近づいてきて、フィラーナは誰かに腰を力強く引き寄せられた。

 ぴったりと密着した衣服越しから、相手の身体の逞しさが伝わってくる。

 フィラーナが驚いて横を見上げると、銀髪の青年が射抜くように、テレンスを見据えていた。

 それは紛れもなくウォルフレッドで、前髪から覗く水色の瞳は、周囲を凍らせてしまいそうな冷たい光を放っている。
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