冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「港町でお前が俺に不敬を働いたと?」

「……はい。王太子様だと気づかず、馴れ馴れしい言葉遣いをしてしまいました。それに荷物も運ばせてしまい、挙句には剣で殿下に怪我をさせてしまうところでした」

 フィラーナは伏し目がちに静かに答える。しかし観念したとはいえ、心臓の音は緊張でうるさく鳴りっぱなしだ。

「つまり、お前はそれを悔いていて、俺を避けるような言動をしていたというのか?」

「そうです、恥ずかしながら」

「俺を嫌っての行動ではなかったのだな?」

「はい。……え……?」

 今度はフィラーナがきょとんとする番だった。なぜかウォルフレッドは横を向いて、口元を手で押さえている。彼がかすかに笑っているように見えて、一体どんな処遇が自分に待ち構えているのだろうと、フィラーナの顔が徐々に青ざめていく。

「申し訳ありません……」

「もう謝るな。ほら、とりあえず立て」

 すっかり脱力しているフィラーナの腕を持って、ウォルフレッドは彼女を立ち上がらせた。

「罪には問わない。というか、そもそも俺は何とも思っていないから安心しろ」

 その言葉に、フィラーナは瞳を見開く。

「あの日、俺はこの国に生きる民のひとりとして、身分を置いて、あの町を訪れた。だからお前が出会ったのは、ただの“ウォル”という名の男だ。不敬も何も存在しない」

「本当に……?」

「ああ」とウォルフレッドが頷くと、緊張の糸が切れたのかフィラーナの瞳が次第に潤み出す。

「おい、泣くな」

「泣いてません……」

「じゃあ、笑え」

「はい……?」

 突拍子もないウォルフレッドからの命令に、フィラーナの瞳からこぼれそうになっていた涙は一気に引っ込んだようだ。我ながら何を言っているんだ、と自分自身に呆れながら、ウォルフレッドは少し頭を掻いた。
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