冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「すまなかったな」

ウォルフレッドが呟く。

「さっき、応接室で大人げない言い方をした。お前が認めようとしないことに、なぜか腹が立った。お前は、港町で俺に怪我をさせてしまうところだった、と言っていたが、俺はそれで助けられた。礼も言えないままだったことが、心のどこかで引っ掛かっていたんだ」

 一言、礼が言いたかった。本当は、フィラーナとの時間が少しだけ持てればいいと考えていたのだが、レドリーに『誰かひとりを特別扱いすると、離宮に火種が生まれるだけ。今は他の候補者の方も同じようにするべき』と進言されて仕方なく、かなり億劫ではあったが、今日応接室でひとりずつ全員に会うという運びになったのだ。

 実際、他の候補者とは形だけの謁見で短時間で終わり、話をしたかどうかも覚えていない。ただ、ミラベルとかいうやたら着飾った令嬢だけは、こちらが興味を示していないにも関わらず、めげずに自分を売り込もうとしていたが。

「改めて礼を言うぞ」

「滅相もございません。それまでに私は殿下に何度も助けられていますから」

 フィラーナから真っすぐな瞳を向けられたウォルフレッドの顔が、少し晴れやかになった。

 ふたりは再び離宮の方角へと、森の中を進んでいく。

「それにしても、見事な剣さばきだったな。エヴェレット侯爵家の女性は皆、剣術を習うのか?」

「いえ、そのような女は私くらいでしょう。父はうるさく言う人ではありませんが、内心では嫁の貰い手がなくなるのではないかと、ヒヤヒヤしているかもしれません」

「では今度手合わせするか」

「え、いいのですか?」

 フィラーナの顔がパッと輝く。それを見て、ウォルフレッドは口角を上げた。

「お前は本当にお転婆だな」

「あ……申し訳ーー」

 またも下げようとするフィラーナの頭にウォルフレッドは自分の手を置くと、穏やかに微笑む。

「謝らなくていい。お前はそれでいいんだ」

 初めて目にする彼の表情に、フィラーナは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
 
 さすがにこの歳では父は娘の頭に触れてはこないが、いまだに兄からは幼い子のように頭を撫でられることがある。兄の手も十分心地好いのだが、それとはまた違う感覚だった。
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