冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「これは珍しいお姿ですね」

 扉の方から聞こえてきた良く知った声に、ウォルフレッドはハッと我に返ると頭を上げた。振り向くと、相変わらず穏やかな微笑みをたたえたレドリーが立っている。

「……いつからいたんだ。ノックぐらいしろ」

「さっきからですよ。その前に何度もノックしました」

 つまり、この男に自分の情けない姿を観察されていたということだ。すぐに声を掛ければいいものを悪趣味な奴、とウォルフレッドが不機嫌さ全開で執務机の椅子に乱暴に腰かけると、レドリーが机の傍らまで歩を進める。

「フィラーナ様からお礼を申し上げたいとの伝達があった途端、意気揚々と出向いていかれたわりには、ひどく落ち込んでいらっしゃるようですね」

「……誰が意気揚々と、だ。それに落ち込んでなどいない」

「何かおありになったんですか?」

 レドリーには自分の発言は訂正するつもりなどないらしく、ウォルフレッドの目をじっと見つめる。口元は穏やかに弧を描いているように見えるが、その瞳はまったく笑っていない。

「護衛のことで口論になった」

「それだけとは思えないのですが」
 
 昔からレドリーは相手のどんな表情も見逃さない。それは実弟のユアンのみならず、ウォルフレッドに対してもそうだった。いつも笑顔で柔軟な男に見える一方、中身は筋の通った性格でユアン曰く『あとで嘘だと判明した時の兄さんは世界一怖い』のだ。

 ウォルフレッドは視線を背けると、観念したようにボソリと呟く。

「……俺に守られたくないとまで言い出してカッとなった。それで……」

「それで?」

「……無理やり唇を奪った」

「は……?」

 顔を見なくても空気で、レドリーが呆れて絶句しているのがわかる。しばらく重い沈黙ののち、レドリーが口を開いた。

「あなたという人は……いい歳して案外バカなんですね」
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