冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
 臣下からの率直すぎる物言いに青筋を立てることなく、ウォルフレッドは平静にそれを聞き入れた。王族だからと気を回されて変に言葉を濁されたりするより、手厳しい言葉で非難されてこそ自分の愚行を猛省することができる。

「ところで殿下は傷ひとつ負ってらっしゃいませんね」

「……ああ」

 レドリーの言いたいことに、ウォルフレッドも同感だった。フィラーナから唇を離したあと、即座に彼女の強気な一面が表に出て平手打ちのひとつやふたつ、飛んでくるものと思っていた。あるいは有言実行で腹に蹴りを入れられた可能性もあった。

 しかし予想は大きく外れ、フィラーナは顔を真っ赤に染めると口元を手で覆いながらその場でへたりこんでしまった。やや涙目になっていたことは本人も気づいていないだろう。

(こんな顔をすることもあるのか……)

 先ほどまで勢いよくウォルフレッドに口答えを繰り返しながら暴れようとしていたとは思えない彼女の代わり様に、ウォルフレッドは心臓を鷲掴みされる息苦しさを覚えた。

 その時はこの感情が何かわからなかったが、今、冷静な頭で考えてみればはっきりする。

 うずくまったフィラーナに手を伸ばそうとしたのは、謝罪するためでも慰めるためでもない。

 ただ純粋に、この女が可愛い、とーー

 自分の腕の中に収めたい、という感情に突き動かされたからだ。

 しかし、己の身勝手さに我に返り、彼の手はフィラーナに届くことはなかった。

「……散々、信念を貫くと言っておいてこのざまだ。笑いたければ笑え」

「笑いませんよ。むしろ今のあなたの方が人間らしくていいと思いますが」

 呆れられると思いきやレドリーに穏やかな微笑みを向けられ、ウォルフレッドはフイと視線をそらした。

「……フィラーナを郷へ帰す」

「え……?ですが、殿下は」

「それでいい。少し外の風に当たってくる」

 いつもの意固地さを取り戻したウォルフレッドは、臣下の言葉には耳を貸さず椅子から立ち上がり執務室の扉へ向かう。そんな王太子の姿に、レドリーは大きく肩をすくめた。
< 83 / 211 >

この作品をシェア

pagetop