冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
(……殿下は、これまで他の女性とキスしたことあるのかしら……?)

 ふと沸いた疑問に、なぜか胸の奥に小さな鋭い痛みが走る。

(どうしてこんな、悲しい気持ちになるの……?)

 なぜこんなことになってしまったのか。護衛の話を断っただけなのに、突然理不尽な力比べを強いられた。

(女では男の力には敵わないことなんて、言われなくてもわかってるわ……)

 それでも女の枠にとらわれたくなかった。貴族女性は慎ましくあるべしという教えに反しても、兄の力になるためにあらゆる分野の知識を吸収しようと貪欲に挑み、剣術にも励んだ。

 遠い記憶が脳裏を駆け巡る。

 草むらの上で泣きじゃくりながら兄の身体にすがる幼い自分。

 落馬の衝撃と激しい痛みで意識が朦朧としながらも、大切な妹に心配を掛けまいと必死に微笑む兄。

(あの日から、私はお兄様のために生きようと決めたのよ……)

 その時、コンコンと小さなノック音とともに扉からメリッサが顔を出した。

「フィラーナ様。レドリー様が面会を望まれていますが、いかがなさいますか?」
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