冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
「城内には幼い殿下のことを、自ら破滅を導いた愚かな王家の末裔、と異端視する輩も少なからずいましたし、母親の愛情を受けられなかった孤独な王子、と哀れみの目を向ける者もいました。しかし、それに対してはというと、殿下のそばにお仕えする者たちが常に気をもむだけで、当の本人は意に介していないご様子でした」

「え……気にしないんですか……?」

そんなこと、あるのだろうか。

「ええ。全く気にならないことはないと思いますが、まあ、強いて言うなら蚊に刺された程度でしょうか。おそらく殿下にとって、それらは“単なる事実”であって、ご自分の感情や意思には何の影響ももたらさないのです。殿下は生まれながらにして王太子の地位を約束されていたわけではありませんでした。並大抵の努力ではここでは生き残れない。殿下はそれを幼くして感じ取っていたので、後ろを見る発想すらなかったのでしょう。自分の存在意義は自分自身が決める、と。殿下はご自分の出生や境遇を悲観することも卑下することもなく、常に前を見て進んでこられたのです」

 そこでひと息つくと、レドリーは真剣な眼差しをフィラーナに向けて、言葉を続ける。

「ですが、どんなに強い人間でも走り続けるためには休息は欠かせません。フィラーナ様には殿下の心安らげる場所になっていただけたらと……私の願いはそれだけです」
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