主任、それは ハンソク です!

 マルチ、と呼ばれるそれは、電車の一車両全部(場合によっては、車両の外側も)に一つの広告のみを載せるというやり方だと、東吾さんから事前に聞かされてはいたけど。今一つ理解できないまま、私は地下鉄のホームに佇んでいた。

 しばらくして、私の描いたデザインを纏った電車が突風と共にホームに駆け込んできた時。絶句したままの私は、またしても東吾さんのハンカチをファンデーションで汚してしまった。

                  *

「……やっぱりまだ、信じられない、っていうのが正直な感想、かなと」

 ふっ、と隣で笑う気配がした。

「でも、結局はあれがいいってことで今回の話が来たんだ。自分の実力に、少しくらいうぬぼれたって罰は当たらないさ」

 そんな無責任な事を言いつつ、またしても東吾さんはパスタを頬張る。

 私が派遣社員だとカジタツさんが清州産業側に伝えたことで、瞬く間に転職が決まって、結局、会社を辞めることになってしまった。

 ダイヤス出勤最後の日は、明らかに嫌味や恨み言の方が多かったのは事実。それでも、卑屈にならず笑顔でいられたのは、東吾さんが自信を持って堂々としてればいい、と言ってくれたから。

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