眠れる窓辺の王子様






 「ルールその三、相手の好きなものは好きになりましょう」





 ひゅうんと耳元を風が通り過ぎる音と、ハルカの声が重なって聞こえる。



 「分かった?」と聞いてきたハルカに私は返事をしないで、ただまっすぐに前を見つめたまま、きゅっと唇を結ぶ。






 玄関を出たときの花の香りなんて、意識したことがなかった。


 それに住んでいるマンションには花が植えられた花壇なんてないし、一日中裏の工場から出る煙の臭いしかしないんだ。


 ゴールデンウィークの最後の日だって、何もせずに終わってしまった虚しさと、明日からまた戻ってしまう日常にがっかりするだけだ。



 ハルカの「好き」を、私が好きになることなんてきっとないのだ。


 私が見つけれる好きなものは「鶏の唐揚げ」が限界で、ハルカのように「玄関を出たときの花の香り」を好きになる以前に、きっと見つけることさえできないのだ。




 それが妙に虚しくて、なんだか少し切なかった。


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