エリート弁護士と婚前同居いたします
いつか、どこか道ですれ違ったりした時、挨拶くらいはできるようになれたらと自分勝手だとわかっていながら願う。
好きな人に選ばれた優越感とかそんなものじゃなくて、ただ同じ人を好きになった縁を少しでも大切にできたらと思うから。

ふたりが改札口に向かって歩いていくのを見送ったあと、背中越しに彼に話しかける。
「あの、ごめんね。連絡、忘れてて」
クルッと私の方を振り向いた彼は思った通りの仏頂面だった。端正な顔立ちに凄味が増す。

「……本当にね。メッセージもらってからなかなか来ないと思ったら……」
あれ、本気で怒ってる?
途端に冷や汗が吹き出る。
きちんと謝ったのにまだ怒ってる……!

若干焦りながら、早口で説明する私。
「いや、あの、メッセージを送った時はエレベーターを待っていたから、本当にすぐにカフェに向かうつもりだったの。だけど……」
「わかってる。別にお前が嘘をついてるとか疑ってるわけじゃないし、怒ってるわけじゃない」
クシャ、と彼は長めの前髪をかきあげる。

「……茜がなかなか来なくて心配だったんだ」
小さな声が微かに震えていた。
ああ、そうか。
……わかっていなかったのは私だ。

朔くんはいつでも私を心配して、私のことを最優先に考えてくれている。カフェから数分しかかからない場所にいる私から連絡があったというのに、長い時間姿を見せなかったら心配する。そんなの当たり前だ。
いくら驚いて不意うちの出来ごとだったとはいえ、待たせている朔くんに私は連絡すべきだった。あのふたりにもその事情を説明すべきだった。

申し訳なさと自分の配慮のなさを思い知らされる。
ああもう、何度私はこの人を心配させるのだろう。どうして私はこうなんだろう。安心させたい、きちんと守りたい、隣に立って守りたいと思うのに全然できていない。

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