エリート弁護士と婚前同居いたします
そこまで考えてはた、と思い当る。
 私、まだ上尾さんに家賃を支払っていない!

 慌てて部屋を飛び出してリビングに駆け込む。ぷうん、と食欲をそそる芳しい匂いがする。カウンターキッチンの中ではフライパンで何かを炒めている彼がいた。

「どうした?」
 彼が私に気づいて火を止めて、キッチンから出てきた。そっと私の頰についていた汚れを長い指で苦笑しながら拭ってくれた。そんなさりげない仕草にピクンと肩が跳ねる。

「う、上尾さん! 私、家賃支払ってない! あの、あまり高すぎる金額は申し訳ないけど支払えないのだけれど、支払いはきちんとするので金額を言ってください!」
 勢いよく言うと、彼は腕組みをして渋面を顔に張り付けている。眉間の皺がどんどん深くなる。

「いらない」
「え、でも」
 一気に不機嫌になる彼にたじろぐ。
「その話は前にもしただろ。お前から金をもらうつもりはない。元々俺からもちかけた話だし。そんなに気になるなら同棲の契約書でも作成する?」
 不敵な笑みを浮かべる彼。本気で作成しそうで恐い。

「あの、でも私の気が済まないから! それならそれにかわることで、何か私にできることを言ってくれない?」
 なおも食い下がる私に彼は呆れたように溜め息をつく。

「じゃあ、俺の彼女になって結婚して」
 憮然とした表情で彼は言う。
「そ、それは!」
 ボンッと一気に私の顔が朱に染まる。思わず目が泳いでしまう。
 結婚って! なんなの、プロポーズ? いきなりすぎだし、条件みたいで嫌なんだけど!

「なんて、冗談。お前にしかできない俺の一番の願いはそれだけど。さすがにそれは条件みたいで嬉しくないからやめる。ああ、そうだ。じゃあ俺のことを名前で呼んで。あと、毎日俺に告白して」

 優美な笑みを浮かべて彼は嬉しそうに言う。対する私は言われたことが理解できずに瞬きを繰り返す。
 名前で呼ぶのはなんとか許容できそうだけど……告白? 告白って何?
 私の困惑が伝わったのか、人の悪そうな微笑みを浮かべる彼。
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