皇帝陛下の花嫁公募
 彼はリゼットの手を握って、露店の表側、つまり通路に出ていく。やはりここは人が混んでいる。しばらく進むと、ようやく必死の形相でリゼットを探している護衛の顔を見つけた。

「いたわ!」

 リゼットがそう言うと、アロイスは手を離した。

 彼の手の温もりがたちまち消えていくことに、何故だか淋しく感じる。

「じゃあ、また今夜」

「ええ」

 彼はまたにっこり笑うと、去っていった。代わりに護衛がリゼットを見つけて、やっと表情を和らげて近づいてきた。

「まったく、とんでもない場所だ! ご無事でしたかっ?」

「大丈夫よ」

「もう帰りましょう。お忍びで出かけるにしても、ここはダメです! もしあなたから目を離したなんて王妃様に知られたら……」

「言わないから大丈夫よ」


 はぐれてしまったのは、たぶん自分のせいでもあるのだろう。露店がめずらしくて、一人でどんどん進んでしまったからだ。

「ごめんなさいね」

「いえ……私があなたに張りついているべきだったのです」

 でも、そのおかげで、アロイスに出会えた!

 アロイスは行きずりの男性でしかないが、それでも自分の心のどこかにずっと残り続けるだろうと思う。

 たとえ、これから誰に嫁ごうとも……。

 ずっとわたしの思い出に。

 リゼットは帰りを急ぐ護衛に付き添われて、市場の外へと抜けていった。

 ふと振り返るが、アロイスの姿はどこにもない。

 彼は本当に忍び込んできてくれるのかしら。

 それはまだ判らなかった。


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