やさしく包むエメラルド
大雑把なわたしとて、親しくもない男性に寝室を見せるのは多少の恥ずかしさがあったけれど、この際だからとお願いした。
「ここです」
カーテンはベッドに上らないとかけられない。
カバーを掛けてあるとは言え、さすがに啓一郎さんは躊躇った。
「お気になさらず。どうぞどうぞ」
諦めたように啓一郎さんはベッドに上ってカーテンをかけ始めた。
リビングのカーテンの半分の長さしかないこちらは軽く、さっきよりスイスイ掛けていく。
「そういえば、ベッドに男性をお誘いしたのって、初めての経験です」
「誤解を招く言い方やめて」
「この話、おばさんには……」
「絶対しないで」
くだらない会話の間に作業は終わって、わたしはカーテンと一緒に窓も開け放つ。
「ここからお庭が一望できるんです」
今朝片付けたせいか、庭はいつもと変わらない姿でそこにあった。
もう三年見慣れた景色だったけれど、さっきまであの家の中にいて、今ここに啓一郎さんがいると思うと、特別な親しみが感じられる。
ここから見えないテレビの位置も、テーブルの木目も、ありありと見えるようだ。
「なんか変な感じ」
照れたように啓一郎さんは言った。
こんなことでもなければ自宅を見下ろす機会なんてなかっただろう。
少し強い風が入り込んで、濡れて重いカーテンを巻き上げた。
わたしが使っているものとは違う洗濯洗剤がふわっと香る。
宮前家でも順調に作業は進んでいるらしく、正面に見える窓には水色のカーテンがかけられていた。
「あれ? あそこ」
さっき踏みつけていたカーテンを思い出し、わたしはその窓を指差した。
「俺の部屋」
庭を挟んでいるから距離はあるものの、啓一郎さんの部屋とは向かい合う形だったらしい。
「ええーっ! 全然知らなかった! 啓一郎さんの変態! 絶対覗いてたでしょ?」
「それを言うならお互い様だ。変態」
「なるほど。じゃあ、まあいっか」
「あっさり諦めるなよ」
「覗いてた?」
「覗いてない! ……帰る」
啓一郎さんはひとつため息をついて部屋を出て行く。
そのまましばらく外を見ていると、その姿が家に入って行くところまで見えた。
いつもと変わらない宮前家の姿。
ベランダには真っ白になったワイシャツとグレーのパンツが揺れている。
つい今朝まで想像もしたことなかった。
わたしはこれからあの家に帰るのだ。