やさしく包むエメラルド
他人事のように言って焼きそばを食べると、また食卓はしずかになった。
さっきから話しているのはわたしばかりで、お皿にはまだ半分以上焼きそばが残っている。

「あれ? もしかして食事中はおしゃべりしてはいけないルールでした?」

黙々と食べる宮前家のメンバーの中にあって、わたしは完全に浮いていた。
そういえば、朝の宮前家から声はほとんど聞こえない。
朝ドラの会話は聞こえるのに。

「ちがうの、ちがうの。この人たち普段からあんまり話さないだけよ。いつもはテレビの音がしてるけど、こうなると我が家は本当にしずかね」

おばさんが話しても、しずかな雰囲気は壊れない。

「そうなんですね。わたしなんか、ひとりでもしゃべったり騒いだりするから、うるさかったら遠慮なく言ってください」

「よくひとりで歌ってるもんな」

「そうですか?」

他の人の歌う頻度を知らないから、よくわからない。

「ゴミ捨てるときも、よく歌ってる。CMソングとか」

「ああ、直前に観たやつですね、きっと。頭で鳴ってると歌っちゃいますよね」

「いや、歌わない」

優雅にお茶をすする啓一郎さんは容赦なく否定してきた。

「妙に頭に残って離れない歌とかありませんか?」

「あるけど、別に口に出したりしない」

「ええっ! 誰かがかえるの合唱を歌い出しても輪唱しないタイプ?」

「そもそも輪唱するタイプの人間がいるのか?」

「しますよ! おばさん、しますよね?」

「しないよー」

空いている左手をひらひら振っておばさんも否定した。

「おじさんは?」

「え……しないな」

自分に火の粉が降ってくると思わなかったのか、おじさんはビクッと肩を震わせた。

「そんなー」

「だから普通しないって」

「いえ、家庭環境の違いかもしれないじゃないですか。今度会社で聞いてみてくださいよ。100人中何人歌うかで決着つけましょう!」

「そんなこと職場で100人に聞いたら、それだけで変人扱いされるよ」

「ひとりぼっちは嫌です。仲間を探してください」

「自分で探せ」

「うちの会社、100人もいないですもん」

電気が止まって普段よりしずかなはずなのに、普段より賑やかだった。
窓を開けたらきっと、わたしの部屋にもこの会話は届いていると思う。



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