夏が残したテラス……
「はい」

「どうして、このホテルにこだわるだね? 買収するなら、他にも好条件のものはいくらでもあるでしょう?」

 俺は、軽く息を吐いた。
 ここで、綺麗ごとを並べても仕方ない……

「この、ホテルと海が好きなんです」

 大内代表は、少し驚いたように目を見開いた。
 そして、ふっと少し笑った。

「そうか…… 私が買い取る前のホテルは、本当に素晴らしかった。忘れてしまっていた……」

 大内代表は、悲しげに深いため息をついた。

「はい。本当に素晴らしいホテルでした」


 俺の言葉に、大内代表は、真っ直ぐな視線を向けた。

「ああ…… だが、あのホテルを経営していくのは、簡単な事じゃない。理想だけでは、同じ事を繰り返す。それでも、欲しいか?」


 痛いくらいに分かっている。
 それでも、俺は、ホテルを取り戻したい。
 あの頃のように……


 俺は、顔を真っ直ぐに大内代表へ向ける。

「はい」

「分かった」

 大内代表の重い言葉に、俺は、安堵の息を吐いた。


「それと、代表……」

 俺が言い掛けた言葉を、大内代表は辞めるよう手を上げた。


「娘の事は申し訳なかった。私も、大切な事を忘れていたようだ…… 
 もう一度、一から会社を見直していく」

 俺と目を合わせて肯いた代表に、俺は深く頭を下げた。


 だが、ビジネスの話である事に、深く由梨華の事を考えていなかった。
 代表が伝える事で、全てが収まると思っていた。

 まさか、奏海が巻き込まれるなんて考えもしなかった。

 女の感の怖さを知る事になるとは……
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