幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「…………」


予想外の言葉にかなり時間が経ってから「え!?」と聞き返した。


「あの日、すぐ近くの職場に行くだけとか言ってたけど、ここ駅からかなり遠いじゃねーか。雨に濡れて風邪引かなかったか?」


「平気だけど……そんなことより!こんな高いの貰えないって」

プレゼントを返そうとしても涼介はもう受け取ってくれない。


「あの大雨の日、和紙を持ってたんだ」


「和紙?……そういえば大きな荷物だったよね」


「頑固な職人のじーさんが作ってるんだけど、商売っ気が無いから倒産寸前の工場でさ。今の日本はそういう、良いもの作ってるのに潰れそうな小さい会社が多いんだよ」


涼介は「まだサンプル残ってたかな」と鞄を開けて、ノートくらいの大きさの薄い紙を取り出した。手に乗せても重さを感じないほど軽い。


「淡く光ってる……透かし模様が綺麗だね」


「すげえ職人技だよな。あの日は大量にサンプル持って商談に行く途中で、雨に濡れたら台無しだった。

でも環のお陰で契約できたから、この和紙は老舗の和菓子屋に卸されることになったんだ」


落ち着いた声に引き込まれる。商談をする時の涼介はきっと頼れるビジネスマンの表情をしているんだろう。


「だから、環はあのじーさんの工場を守ってくれたんだよ。

これはそのお礼。工場一つに比べたらすっげー安いだろ」


「でも」


微笑んだ涼介に、プレゼントを突き返す手を包まれた。


「『アンルージュ』も同じだ。他にはないここだけの商品とサービス、品質を持ってる。

俺の仕事はそういう価値ある会社を残すことなんだ。俺には下着の事なんてわからないから、『アンルージュ』の再建はお前も手伝えよ」


「……うん。ありがとう」


「よし」と頷いた涼介はその後すぐにお店から立ち去って、傘立ての傘だけが涼介の残姿のようにエントランスにシャープな線を描いていた。



「結局プレゼント貰っちゃった……」


「生意気だけどイイ男ね」


小夜子さんがいつの間にかバックヤードから戻ってきている。


「ずっと涼介と何話してたの?」


「そりゃ会社の売却なんて大きな決断だもの。色々あるわよ。」


「何よアンタ気になってるの?」とからかわれる。そういうんじゃないのに、もう。


「店仕舞いしたらぱーっと打ち上げしようと思ってたけど、当分先になりそうね。アンタは来月からオークで頑張んなさいよ。

合コンしたい企業ナンバーワンの大手だから、ついでにイイ男捕まえてきなさい」


「……小夜子さん、そういうのホント詳しいよね」


涼介が帰った後もずっと気持ちがフワフワしていた。

『アンルージュ』はこれからも続いていく。その事を思うだけで心が暖かくなって、久しぶりに明日になるのが待ちきれない感覚を味わっていた。
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