幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「これからどこに行くにせよ、ウチを出るなら荷物をまとめないといけないだろ」
「そう…だけど」
「大丈夫だよ、そう警戒しなくても。好きなだけ家に居ていいし、
…好きに出ていって構わない」
「分かった。荷物、早めにまとめるね」
みぞおちが締め付けられるのを無視して、ほっとした笑顔をつくる。上手く笑えているだろうか。
「環、あのさ…」
「な、何?」
「濡れたままだと風邪引くぞ。風呂入ったら?」
「えっ。い、いいよ、私は。涼介だって同じでしょ、先にお風呂使いなよ」
家にたどり着いても会話がぎこちない。私が意識してるせいか、ふたりの間にある空気が重たい壁になってしまったみたいだ。
結局涼介はいつも通りお風呂の順番を譲ってくれた。優しいのはこれまでと変わらないけど、ドアを開ける手がぶつかりそうになるとさっと手を避けられる。
「…っ
お、お風呂空いたよ。先に使わせてくれてありがとう」
「心配しなくていいよ。ちゃんと友達の顔もできる。
前に言ったろ。オークにいる間に俺を好きにならなかったら、綺麗さっぱり友達に戻ってやるって。だからそんな怖がるなよ。」
「怖がってないよ…。短い間だったけど、涼介と一緒にいられて私はラッキーだったもん」
「何だよ、今生の別れか?」
穏やかな笑顔を見せて浴室に向かう涼介。リビングでソファに座ると、世界中でたった一人になった気分だった。
救いじゃなくて、正義感じゃなくて。ただの恋ならどんなに良かっただろう。
だけどあのノートを書いていた頃から、涼介はずっと私を救おうとしてくれてたんだ……。
「ありがとう」
涼介にはいくら感謝しても足りない。けれど涼介がくれる優しさは、私が欲しい物とは違っていた。
「ノート……もう涼介には要らないよね」
この際だから想い出ごと涼介の目の前から消してしまおう。涼介がお風呂に入っている隙に本棚からノートの束を探し出す。
見覚えのある学習帳に「水なせ涼介」の文字。いびつな文字が可愛いのに、見ているだけで泣きたくなってくる。
ノートと身の回りの荷物を鞄に入るだけ詰めて、涼介がお風呂に入っている間に家を出ていった。