幼なじみの甘い牙に差し押さえられました

9 つむぎ糸の帰り道

コンビニで履歴書を買って小さなビジネスホテルに泊まる。先のことは分からないけれど、今だけは思い出に浸っていたい。


携帯の電源を切ってノートを開き、あるページでその願いが裏切られた。

怒りで体が震えて、止まる気配が無いのだ。


〝7月19 日
今日ほど自分が嫌になった日はない。

環の家の表札がなくなってた。放心したままずっと家の前に立っていたら、環のお母さんに声をかけられた。いつの間に来たんだろう。環の居場所を聞いたら、知りたいならひとまず中に入れと。


「環とキスしたいと思う?」と聞かれて、俺が黙っていると分かりやすい子ねと笑われた。


「男の子のそういう気持ちは、環には必要ないわ」


「僕は、環を大切にしたいだけです。」


「でも、君のやってることはただのストーカーよ。毎日家の前に押し掛けるなんて」


「すみませんでした」と謝ると環のお母さんは「良い子ね」と言った。許された代わりに、はっきりと上下関係の線を引かれた気がする。


「察しの良い子は好きよ。環がどこにいるか知りたいなら、涼くんはどうしたらいいと思う?」

分からない。分からないからここにいて、環のお母さんにお願いしてる。

居場所のことは全然教えてくれないのに、どうでもいいことばかり話しかけてくる。環と環のお母さんは顔も体型も全然似てないとか、でも髪や肌はそっくりだとか。

どうでもいいのに、環に似てると言われて髪を見てしまった。環とは違う甘ったるい匂いがする。急に唇がぬるっとして訳がわからないでいると、また笑われた。サラサラの髪を触っていて、手を伸ばした自分が死ぬほど嫌になった。


環はどこにいるんですかともう一度聞くと、「涼くんは前から目障りだったの」と言われた。最初から住所を教えてくれる気はなかったんだと分かったのは、環のお母さんが車に乗って行ってしまった後だ。家に帰って吐いた。〟
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