幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「ケッコン!?」


と聞き返したけど、涼介の肩に顔が押し付けられてモゴモゴとした声にしかならない。



「昔はお前が笑ってれば、それだけで良いって思えたのに……大人になった今同じことが出来ないなんて馬鹿だよな。

お前の幸せを祝福してやれなくて悪い」


「ごめん言ってることがよく……」


これまで女の子にお願いされて冗談でハグしたことならたくさんある。だからフワフワと柔らかくて小さな女の子を包み込む感覚なら知っていた。


だけど自分より大きくて逞しい体にぎゅっとされるのは初めてのことだった。そうされていると、世界中から切り取られて涼介の腕の中だけにいるような気がする。


「いいのかよ、抵抗しなくて。お前の馬鹿力なら振りほどくくらい出来るだろ」


確かにできるかもしれないけど、あんまり力が入らない。


「涼介がこうしてたいなら構わないよ」


「……何でだよ」


どういう訳か怒った顔を向けられる。触れそうなほど顔の距離が近付いていた。


「もし旦那に見られたらどうする気?」


「旦那って誰の?ケッコンとか何とか、さっきから変なことばっか言って」


「………………は!?」


大きく眉をしかめた涼介にアレコレと質問されて、やっと状況が飲み込めた。


「苗字?……うん、ママが再婚したから。10年くらい前の話で、その人とももう離婚してるんだけどね。

役所の手続きするの面倒になっちゃったみたいで、もうずっと河原なんだ」


「…………そうかよ。

あーーー、もう、なんか……」


しゃがみこんだ涼介が髪をがしがしと乱している。「ややこしい言い方するな」と怒られたけど、自分の結婚で苗字が変わることなんて全く想像の範囲外だ。


「その辺走ってから戻るよ。頭冷やしてくる」


「えぇ?やめときなよ、走ったらもっとお酒回るよ?」


引きとめても涼介は「そういう気分なんだよ!」と言ってあっという間にビルの谷に消えていった。


「変な酔っ払い……」
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