幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
週末になってもお客様はまばらだった。暇な時間は大好きなランジェリーを愛でるのが幸せな日課だ。


「小夜子さんー、このブラ可愛すぎて鼻血出そう。大人っぽいモーブピンクに編み上げのリボンがたまらん」


「環の下着好きは分かったから……ディスプレイ用のボディに抱きつくのは止めなさい」


「むぅ…」


可愛い物が大好きだけど少しも似合わない私にとって、パステルカラーの広がる店内はオアシスに等しい。


「売れ残ってる下着、お店を閉めたら環のサイズに合うのをあげるからね。」


「え……いいよう。似合わないから着けないし、うちの下着高いから悪いよ。」


小夜子さんは「またそういうこと言って」とため息をついた。『アンルージュ』オリジナルの下着は品質にも素材にもこだわって作られている。その結果どうしても値段が上がってしまうそうだ。



「ごめんね環。私の力が足りないばっかりに。アンタは本当にアンルージュのこと好きでいてくれたのに、こんなことに……」


小夜子さんが私に気遣って謝ってくれるのを「やめてってば」と必死で止める。昔っから湿っぽいお別れは苦手だ。結局どうしたって淋しいのだから、別れるその瞬間までは笑っていたい。


いつだって別れは突然やってくる。

大事に思う分だけ辛くなると、3年前の社長の葬儀の時に思い知った。社長は私にとってもう一人のお母さんみたいだった。


あのときの淋しさがまだ少しも薄れてはいないのに、まさかお別れが『アンルージュ』という場所にもやってくるだなんて思っていなかった。お店が無くなった後の事を考えると喉がきゅうっと変な音を立てる。


「私は今までアンルージュで働けただけですっごいラッキーなんだから、それでいいの。」


「ありがとう、環」と小夜子さんが静かに笑う。


「この店のスタイルは、もう時代に合わないのかしらね……」





「『時代が悪い』は、昔から無能な経営者の常套句だ」


予想外の声がエントランスから聞こえた。そちらを見ると、前に会ったビジネスマン風の人が立っていた。手には私の傘を持っている。


「…………そりゃ潰れるだろ、この店は」
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