幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「何よアンタ」と声を尖らせる小夜子さんを「怒らないで」と引き留める。


「環の知り合い?」


「ううん、この前通りすがりに傘を貸したの。

今日はそのお礼に来てくれたってことでいいのかな、お兄さん?」


声をかけるとその人はほんの少し眉を下げて、「ありがとな」と手に持っていた傘をエントランスの傘立てに入れる。


「俺は一目で分かったっていうのに薄情な奴だな、環。……上野 環」


「上野……」


私はもう10年以上前からその苗字を使っていない。そんな昔の知り合いなんて私には……


「もしかして、涼介!?」


「気付くのおせーよ、たまきん」


懐かしい渾名で呼ばれて記憶が一気に溢れ出し、走って涼介に近付く。涼介の声は想い出の中よりもずっと低くなっている。


「涼介、昔と全っ然変わっちゃってるんだもん、わかんないよ!」


あどけなかった顔立ちはシャープな陰影になっているし、背の高さだって私が見上げる角度に変わってる。昔はチビ介と言ってたのに別人みたいだ。


「……心配したぞ」


おでこを手の甲でコツンとされて目を瞑り、再び目を開けると大人びた優しい眼差しが近付いていた。


「ここが今の環の居場所なのか?」


「うん!すっごく素敵な自慢のお店だよ。

もうすぐ無くなっちゃうとこだったから、その前に涼介に来て貰えてラッキーかも」


「分かった、それだけ聞ければ十分だ。

俺はこの店を買いに来た。潰すくらいならオークが『アンルージュ』を買いたい。良いか?」


え?


この店を買う?下着じゃなくて??


「どういうこと!?」


「ここが環の居場所なら俺が絶対守ってやる。だから店を畳むのは止めろ」


話が見えないけれど、有無を言わせない強い視線に吸い込まれる。


「守るって……もしかして涼介がこのお店を助けてくれる……ってこと?」
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