幼なじみの甘い牙に差し押さえられました


「そう、ウケるだろ。

その日、ユイカさんの家には見慣れない高級車が止まってた。話してる二人の様子を見て、何故か相手が旦那だってすぐ分かったよ。紳士でイケメンで、文句のつけようのない旦那だった。

っていうか何であの時まで、彼女のことをひとり暮らしだって勘違いしてたんだろな。

俺がボケッと立ちつくしてたら、いつも通りにユイカさんに話かけられるんだよ。俺のことなんか旦那に後ろめたくもないのか、と思うとショックで何も喋れなくなるわけ。

旦那にぶん殴られるならまだ良かったんだけど、

『ユイカから聞いてるよ。君がユイカの励みになってるんだ。いつもありがとう』

って笑顔で礼まで言われてさ。もう、完全にフリーズ。そしたら、また仲良さそうに2人で話してるんだ。


『元スクールカウンセラーの血がうずいた?』


『優しくて、正義感の強いコなのよ。無知のままじゃこの辺の老害に利用されちゃうもの。そんなの見過ごせないでしょう?』


『まったく…ユイカは相変わらず毒舌なんだから。
気を悪くしないでね。ええと、キミ、なに君だっけ?』


それで、聞かれた名前も答えられずに走って逃げた。川に花束ぶん投げて、意味もなく叫んで。

恋愛だと思っていたのは俺だけで、ユイカさんには俺がカワイソウなガキに見えてたのかと思うと情けなくてな。その時以来、ユイカさんには会ってない。

今こうやって好きな仕事してるのはユイカさんのおかげだけど…俺は誰かに救われるのも、誰かを救うのもまっぴらなんだ。

…って!何で環くんが泣いてんだよ」


「だって……『カワイソウ』に見られたくない気持ちが、おんなじで…

俺なんかと同じって言われるの嫌ですよねすみません」


「別に悪かねーけどもう泣くな。無防備が過ぎるぞ、酔っぱらい」


「ずびません…見苦しくて…」


「ちげーよ、危うすぎるんだよ全力で抱きしめたくなるだろーが!」


「?」


とろんとした意識では、山下さんに怒られてるのか、褒められてるのか全く分からなかった。






「…ほら、着いたよ環くん。着いたけど、本当にここでいいの?」


「ありがと……ます…ここれす」


合鍵を出そうとして鞄を探ると再び意識がぼやけた。涼介の声が聞こえた気がするけど、夢の中のことだったのかな……。
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