幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
涼介がホテルの一室を取ってくれて、シャワーで全身を洗い流す。

ホテルの部屋なんて贅沢だし、ワンピースを拭けばそれでいいと思ったけど、やっぱり涼介の言うとおりにして良かった。
熱いシャワーに打たれると、ずっとこうしていたい気持ちになる。

あの男に掴まれた手首をきれいにできるし、
冷えたコーヒーに震えた背中を温められる。



「少しは落ち着いた?」


「待っててくれなくても大丈夫だったのに…せっかく同窓会に来たのに、もう終わっちゃうよ」


「そんな事気にしなくていいよ」


まだ雫の落ちる髪をふかふかのタオルで拭いてくれる。手首に触られて、びくっとして思わず手を引っこめた。


「悪い、痛かったか?まだ赤いから湿布とかした方が」


「ううん、そうじゃなくて…」


「大丈夫。もう綺麗になってる」


洗い過ぎて赤くなった手首に優しく触れて、撫でてくれる。

堪えきれずに涙を流すと、胸の内にそっと引き入れてくれた。バスローブ越しに涼介の体温に触れると、シャワーをいくら打ち付けても足りなかった温もりに満たされる。


どうして涼介は私が欲しいものを全部分かってくれるんだろう。


「ごめん、もう少しこうしてて」


「大丈夫、朝までずっと一緒だ」


「同窓会は…」


「今頃、色々勘繰られてる頃だろ。せっかくだから話題提供してやろ?」


涼介が小さく笑う。その声を聞いて、固まっていた気持ちが少しだけ溶けていくのを感じた。

そういえばまだ涼介に何も説明できてない。あの男と揉めていたのは見ての通りだけど、ママとのことを伝えないと何が起きたか分からないはず。


「あのね、さっきは…ええと、どこから言ったら良いのかな」


「良いよ、無理して言わなくて。環がそんなふうに泣くのは大概母親のことだから」


どうしてわかるのと顔をあげると、涼介が苦笑いしていた。


「昔からあの人に嫉妬してたから」


「ママに? どうして…」


「そんなの今は良いから。傷付いてる時に、自分の感情を置き去りにするのは環の悪い癖だ。無理して普段通りにしようとしなくていいよ」


そう言われて、言い訳のように準備した言葉が胸の内側で泡のように溶けていく。今は涼介の腕を繭にして、ただくるまっていたい。


「ありがと」



そのまま眠ってしまったみたいだった。目覚めたときには暖かな毛布の中で、それでも涼介は変わらず側にいてくれた。


「…ねえ、ひとりよがりの正義感ってどういうことなのかな?」


「どうだろ…俺も分からないな。正義なんてどのみち誰だって違うだろ。だから、どんな正義だって結局は独善的になる」


「うう、涼介まで難しいこと言うの。じゃあ、涼介の正義は何?」


「もちろん、環」


「…!」


わざとらしく笑って言うから涼介の胸元をぱしぱしと叩く。


「…が、自由になることかな。

あの人から自由になれる力が、環にはあるはずだから」


優しく、けれど不思議と力強い声が静かな部屋に響く。カーテンの向こうには薄い朝陽がさし始めていた。
< 73 / 146 >

この作品をシェア

pagetop