幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「…分かったよ。
その代わり倉庫に入るときには必ず俺に知らせること。いいな?」
「はい、ありがとうございます」
お礼を言うと不満げに眉をしかめる。電気を消して倉庫の扉を閉めながら、ひとつ気になった事を聞いてみた。
「もしかして山下さんは、今日は心配してこんな所にいてくれたんですか?」
「あほか、ただの昼寝だよ」
「今、夜ですけど…?
それにここは寝るには寒いし、空気悪いし」
「うるせー、たまに寒くて空気悪いとこで昼寝しないと死ぬ病気なんだよ」
嘘としか思えない投げやりな説明だった。不貞腐れた子供のようでなんだか可笑しい。
「ふふ、山下さんの病気は大変ですね」
「おうよ、患いまくってる俺を労れ」
「ははっ…あはは。何それ」
フェンスの張り巡らされた通路に出た所で山下さんがこちらを振り返った。
「久しぶりに笑ってる顔見た。
ずっと仏頂面してたくせに、案外下らないことで笑うんだな」
「笑ったとこよく見せろ」と顎を持ち上げられる。
通路のフェンスに背中が触れてカシャンと音を立てた。薄暗くて狭い通路なので、驚くほど距離が近い。
「環くんは弱いくせに男前で、男前のくせに綺麗だな」
山下さんの顔は見えない。いつの間にか声は耳の直ぐそばで聞こえてきた。
「何を悩んでるか知らんけど、誰に何を思われようが環くんが良い奴だってことも変わらないんだぜ。負けるなよ」
ぽすんと、頭の上に少し強めに手が乗っかった。それが山下さんの心からのエールのようで胸が詰まる。何か一言でも話すと涙が出そうなのでこくこくと何度も頷いた。
その時、カチっとスイッチの音がして、オフィス出入口が明るくなる。振り向くとフェンス越しの、すぐ近くに涼介がいた。
「涼…」
こちらを見てるようでどこも見えていない空虚な目。見たことない表情にびっくりして言葉が継げなくなる。
涼介も何も言わなかったので、山下さんの「お疲れー、涼介」という声がやけに明るく響いた。