幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
社用車は工場を目指し、道路灯も疎らな山道を進んでいく。「狸飛び出し注意」の道路標識に心配になってキョロキョロと周りを見渡す私とは対照的に、山下さんは気にも止めずに運転を続けていた。



「悪いな、急に夜中まで付き合わせて。多分出張手当くらいはバイト代に上乗せされると思うから」


「いえ、自分で言い出したことですし。それに、あの可愛くてお洒落なリバーレースを作ってる工場に行けると思うと仕事抜きで嬉しいですよ。」


「そんな期待するなよ、細々やってる寂れた工場だ」


山下さんは前にも工場に行ったことがあるのだろうか?不思議に思ったままウトウトしてしまって、気が付けば三時間以上は車に乗っていた。


鋪装された道路が砂利道に変わり、木々を抜けたところに車を停める。車から降りると辺りはしんと静まりかえっていて、夜空にはこぼれ落ちてきそうなほどの星が瞬いている。


「この星…凄いですね」


「ど田舎でびっくりしたろ?」


「いえあの、こういう所初めてで。あれが工場ですか?」


夜空の下に、灰色の建物の影がうっすらと見える。体育館ほどの大きさで、近くには数台のトラックと、見たことのない機械が点在している。


「ボロいよなー、これがファッションの世界と繋がってるなんて全く見えねーよ。

業績も落ちてる上に経営者も歳だ。ここはあと10年もしないうちに廃業するよ」


「え?それは困ります!アンルージュのランジェリーはここのレースじゃなきゃ駄目なんですよっ」


「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、この手の産業は単価の安いアジア圏か、付加価値の高いイタリア製に勝ち目が…」


駐車場から建物へ足を進めながら、山下さんは淡々と説明を続けている。だけどひとつだけ不思議に思った。


「どうして山下さんが『嬉しい』って?」


「ここ俺の実家だから。ほら、あの看板に山下紡織産業って書いてあるでしょ。
アンルージュは実家のお得意様ってわけ」


「え!?

…えぇ?」
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