幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
山下さんが扉を開けて明かりを点ける。よく見ればここは工場ではなく敷地内の民家だ。広い玄関には数人分の靴や傘立てが置いてある。

突然の事態に戸惑ってる間にパタパタとスリッパの音が聞こえて、壮年の女性に出迎えられた。


「アンタはまったくもう!全然帰って来ないと思えば急にこんな夜中にっ!」


「だから、電話したじゃん…。てか寝てていーよ、うるさいから」


親しげで普段より少し雑に聞こえる会話。兄弟には見えないから、この人は山下さんのお母さんなのだろうか?

普通のお母さんと子供の会話をあまり知らないので、そばで聞いているとドキドキする。すっかり挨拶をするタイミングを失ってしまった。


「あの…」


山下さんと矢継ぎ早に会話していた女性と目が合う。


「あらっ、まぁーーーーー!!

…アンタっ!

そ、そ、そういうことなら早くちゃんと言いなさいよね!ヤダ私こんな格好!」


山下さんの肩をばちんと叩くなり女性はバタバタと走って家の奥に行ってしまった。


「あーオカン絶対誤解したわ、恥ずかしい親だな…」


山下さんは頭痛いとおでこに手を当てる。広いリビングに通して貰って、着替えを済ませた山下さんのお母さんがお茶を出してくれた。


「何度も言ってるけど、この環くん…河原さんは、仕事の関係者で」


「職場で出会ったのね。アンタもやっと落ち着く気になってくれたの。お母さん感激だわぁ。

河原さん、この通り素行の悪い息子ですけどどうか」


「だーかーら!全然違うからさ。
…もう夜中だしとりあえず寝かせてあげてよ。可哀想でしょ」


「そうね、詳しい話は明日しましょう!
し、し、寝室は二人一緒でいいのかしらっ?」


「気持ち悪りぃ気のきかせ方すんな、勘弁してくれ」


山下さんのお母さんは「お客さま用の布団干してないのよぉ!」と、その後すぐに行ってしまった。げんなりしてる山下さんが可笑しくてつい笑ってしまう。
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