幼なじみの甘い牙に差し押さえられました


驚いてがばっと飛び起きる。

目を開けると広々とした和室。私は部屋に一人、布団の上にいる。さっきのはただの夢だったようだ。


「夢で良かった、けど…」


私ったら夢に見るほど山下さんを羨んでたんだ。

卑しいな。幸せそうな家庭に触れただけでこんな気持ちになってしまう自分が嫌になる。



身支度を済ませてリビングに降りると、山下さんのお母さんが私にまで朝食を作ってくれていた。このお家は私の知らない優しさを当たり前のようにくれるから困る。お礼を伝えたら「大袈裟よ」と笑われた。


「おはよー環くん、よく寝れた?」


「おはようございます。その服装は……?」


山下さんは見たことのない作業着姿だった。やや明るい紺色のつなぎに、胸元にはオレンジの刺繍で「山下紡織産業」と書かれている。


「作業用だけど?学生の頃は手伝いしてたから、これでもけっこう慣れてんだよ」


都会的なスーツ姿しか見たことがなかったけど、硬派な作業着は意外と山下さんに似合ってる。そういえば本当なら工場の跡取りだったんだっけ。


「で、親父はどーしてんの?俺が帰ったって言った?」


「勿論伝えたわよ、でも『知らん』の一点張り。本当に頑固よねぇ」


「うわ、面倒くさー。そんなんで仕事の話できんのかな」


二人は和やかに話しているけど、聞こえてくる話題が気になる。山下さんはお父さんと上手く行ってないのだろうか。


「ま!とりあえず当たってみるか。行くぞ、環くん」


山下さんに連れられて工場の中に入る。作業場は大型の機械が絶えず音を響かせていて、山下さんはいろんな従業員の人と挨拶していた。

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