幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「親も人間だからな、ガキっぽいのは仕方ねーよ」


「親も人間……」


山下さんの言葉に頭を殴られたような衝撃が走る。私はママのことを一度だってそんなふうに思ったことなかった。ママは私にとって絶対だったから。


「大切な考えですね」


「そうか? 俺これまでの方がけっこう良いこと言ってきたと思うんだけどなー…」


それから、周りの状況も忘れて山下さんにたくさん質問してしまった。事務室の中から「女とイチャイチャしてるなら早く出てけ」と怒鳴り声が聞こえてくる。


「女とイチャイチャ、か」


「すみません!本当にすみません!」


「いや、お陰で良い案が浮かんだよ」


山下さんはニヤリ自信満々の笑顔で目を光らせる。その数分後。






「親父、こちらが俺の婚約者で、将来的には俺と一緒にこの工場を支えてくれる予定の河原環さん。美人でびっくりした?」


「本当か!?」


山下さんに肘でつつかれて「はい」と返事をする。お父さんは声の印象通りの厳めしいおじさんだった。


嘘をついてしまうのは申し訳ないけど、「これもアンルージュのため」と、つい山下さんの作戦に乗ってしまった。


「うちは体力仕事も多いから、都会のお嬢さんにはキツイかもしれんぞ」


「大丈夫、彼女はとっても力持ちなんだよー」


「そうか……!」


山下さんのお父さんは明らかに嬉しそうにしている。笑顔を見せてないのに不思議と感情が分かりやすい人だ。何となく親しみが持てる。

そんなお父さんに、山下さんはてきぱきとアンルージュの仕事の件を伝えてる。



「それで、この輪っかは何をくくる道具なんだ?」


「親父、知らずに作ってたのかよ!仕様書は全部読めよな……」


二人を見てるとますます申し訳ない気持ちになるので、せめてもの罪滅ぼしにと工場の仕事を手伝う。とはいえ、私にできるのはせいぜい荷物運びくらいだけれど。
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