願わくは、雨にくちづけ

「実は、朝日屋パンでこの一帯を再開発する計画があるそうなんです。住居を含めた複合施設を建てるらしくて……。それで、うちも立ち退き対象区域に入っているんです」
「あらまぁ、そうなの。大変ね、おひとりで頑張っていらしたのに。場所を変えて続けるとしても、私はまたここのクロワッサンを買いに行きますから」

 店主と八神夫人の会話を黙って聞きつつ、まさか朝比奈家が関わっているとは思いもせず、立花はどうにか力になれないかと考えた。

 話を聞けば、まだ開店して半年ほどで、店主の夢でもあったというではないか。
 簡単に企業の力でそれを刈り取るなんて、どうにも許せない。
 しかし、なにも決まっていない状況で、期待だけ持たせるのはよくないだろう。

(樹に連絡してみるか……。まったくなんでこんな計画を。いくら朝日屋が大企業だからといって、許されないことの境界線くらい分かっていると思っていたんだが、ちゃんと話す場を設けたのか?)

 八神夫人と別れてからすぐに、立花は路肩に車を停め、弟の朝比奈樹に電話をした。

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