願わくは、雨にくちづけ
《――はい》
3コール目で愛想のない声が返ってきた。
「俺だけど、今話せるか?」
《5分くらいなら。なにか用?》
朝日屋の専務取締役をしているだけあって、スケジュールは分刻みなのだろう。
それにしても、実兄に対してなかなかの冷たい言い草だ。しかし、これがデフォルトと知っている立花は気に留めることもなく話を続ける。
「代官山の再開発だけど、mon angeっていうベーカリーだけは対象から外した方がいい」
《なんで兄貴が口出ししてくるんだ? もう朝日屋には関係ないだろう? それとも、和菓子屋に飽きたか?》
「バカ言うな。ちゃんと五代目をやってるし、後継者問題だって解決できたよ」
《後継? ……兄貴、結婚するのか?》
「あぁ、遠くないうちにその予定。……俺のことはいいんだ。とにかく、あのベーカリーだけは潰すな。絶対にあの場所で続けさせなさい。そうじゃないと、お前が後悔するぞ」
有無を言わせず、樹に釘を刺した。